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今、愛の究極形を迎えにいくから。

おかしいと言われる。

自分でもどうかしてると思う。

与えられたものや人では満ちることができない。

あの輝きが忘れられない。

そんなぼくときみとの極みに、

この世とあの世の極みに一体何を観ているんだろう。

ぼくは。

僕たちは。

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蠍座のこの愛は本当にどうかしてる。
どうかしてるなら、
どうかしてるなりにどこまでも、いやあの世まで
行けばいい。

だけど、僕たちは
この世にいてたくさん所有しながら生きている。

所有するが故に
いつもいちばん大切なひとと離れながら生きている。

会いに行けばいい。
迎えに行けばいい。

だけど、この世にいつつ、その道をいくには
その究極形を見に行くには
要らない所有物を枯れさせるチカラ、死が必要だ。

死ぬためには
自分のどこを手放すのかを
知る必要がある。

削ぎ落とし進むために
僕たちは剣であり、コトバを持っている。

手放すところを知るには
この世で生きる目的を明確にする必要がある。

ここがこの満月にするべきところ。
明確に決まっていないから動き方がわからない。

いくら誰かの意見に共感しても、
脳はその記憶を失っていく。

脳は創造するために使うべきこの世の所有物。
ぼくが使わなければ意味を為さない。

その脳をベストな形で使い、
生きる目的を本当に思考することができるのは
身近な死に直面しそこから逃げなかったものだけ。

大切な誰かが亡くなってもなお生きているのは
なぜだろう。

人々があの世を天国と呼んできたのはなぜか。

本当はあの世が表でこの世が裏だとしたら?
僕たちが生きているこの生は
裏だったとしたら?

その事実を楽しめるかどうかの度合いは
変態する度合いとおなじだ。

あの世から全てが始まるとしたら
今、ゼロというこの瞬間からどう生きるか。

自分の半身を、いや自分の表である真実を
迎えに行くために。

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