蠍座の月に想う生死とセックス。

私たちは別れるとき、いつもお互いの何かを切り取り持ち帰ろうとしていた。

私は、彼の突き抜ける性器を持ち帰りたいと望んだし、

彼は自分にはないと思っている私の才能を持ち帰りたいと言った。

その「切り取りたいもの」の正体も知らずに、

私たちはカタチが変わっていくことを憂い

その見た目を失くす悲しさに囚われていた。

いちばん最初に感じたそのお互いの美しさの正体が

わからなくて、知りたくてさまよい歩いた。

私は流れていく血にしか

生を感じられず、

彼は壁を突破する瞬間にしか

生を感じられなかった。

死ななければ私たちは生きられず、

別れなければ私たちは繋がることができなかった。

生きているその瞬間以外は私たちは

実は死んでいることを、

いや意識を失おうとしているだけで

死にきれてさえいないことを知るのに、長い長い時間がかかった。

「私たち」という古い呪いが枯れていき、

また新しい私たちとして産まれることを、

また繋がることをほんとうに知ったのは

大切なものの死を観たときだった。

おわりはじまりまたおわる。

その移りゆくいのちを

お互いにみた美しさの正体を

肉の削がれた骨に観たんだ。

この骨もまたカタチを変え、

いつかきみを包む海になる。

この世とあの世の境目を突破するために

何度もセックスをした。

あの天国をこの世界に顕現するために

うたをつくった。

いつもきみの向こうに私は

その海のような巨大な子宮口を見ていた。

それはわたしたち。

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