「愛されたい」をゆるす日。

 

大事にされたい、優しくされたい、
寄り添って欲しいと心の底で深く願っている。

それなのにそんなことを求めるじぶんを
どこか恥ずかしい、いけないことだと
ゆるせなかったりする。

 

そんな奥深くの欲求をゆるさないままでいるには
見ないようにするためには

もう頑張り続けるしかなくて、
社会での立ち位置に逃げることは
じぶんの奥深くの気持ちに正直になるよりも
ずっと簡単なんだ。

 

 

どんどん、
「大事にされたい」は
抑圧されて隠されてしまう。

どんどん
「満たされた今」は
感じられなくなっていく。

 

 

人に何かを差し出すわたし。
社会で結果や数字を出すわたし。
才能や肩書きなどを持っているわたし。

 

古い時代の成功とは
愛されるための付属物を増やすことかもしれないけれど

付属物という仮面の裏に隠れた小さなわたしは
今にも消えそうに震えている。

 

ひとりになったときに
そのじぶんが消え入りそうに
泣いているのがわかる。

 

そんなわたしを発見して
いつかの日の光のように生きたいと思ったら

もう一度目覚めたいと願ういつかの光のわたしを

ただひたすらに
ぎゅうっと抱きしめたい。

 

大事にされたいとおもうことも
寄り添ってほしいとおもうことも
愛されたいと願うことを

 

どんなことを感じるじぶんをも決して責めずに

どんなことを求めるじぶんをもすべてゆるして

ただ心ゆくまで抱きしめたい。

 

 

きっと
満たされたあのときはもう二度と還らないわけじゃない。

細胞が進化するように
満たされた今は必ずわたしという光によって
更新されるのだから。

 

その付属物にこだわる手を少しずつ放していければ。

表の顔の仮面をちょっとずつ脱いでいければ。

本当は今、
何を求めているかというじぶんのココロに

わたしだけは正直になりたい。

 

だから今、
わたしををひとを世界を
生まれてきた日のように
もう一度信じることからはじめよう。

わたしの美しさのように
たまに雲隠れしてしまう
目の前の世界の呼吸を
光の煌めきをしかと感じることから
はじめよう。

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